多治見本町オリベストリート。
明治初期から昭和初期にかけて建てられた商家や蔵が残る本町は、美濃焼の文化に培われた多治見の歴史を色濃く残している長さ約400mのエリア。
すっかり観光地として定着してきた感じのあるこの通りを、多治見のまちづくり会社(株)華柳のNさんに案内して頂き巡ってきました。
Nさんからお話を聞きながら歩くオリベストリートは、知ってるようで知らないことばっかりだったな、と気付けた楽しい時間でした。
井筒さんからスタート
まずは陶器のお店、井筒さんからスタート。
二階建の古民家を利用した、テレビでもよく取り上げられる焼き物のお店。
二階からの眺め。二階にもたくさんの器がずらり。
籠もたくさん売られてます。この籠、なかなかお手頃価格です。
新しくなったtsunagu
センスの良い日用雑貨やギフトが見つかるお店tsunaguさん。最近新しくなったようですよ。
看板も新しくなっていて
残念ながらこの日はお休み。
la CASAという建築会社さんと一緒になったみたいです。また今度覗きにこよう。
ギャラリー仙太郎(仙太郎窯 直売店)
こちらは市之倉にある仙太郎窯さんのアンテナショップ。
親子でつくられています。
伝統的でありながらどこかモダンなデザインの志野のお皿。
引き出物に人気だそうですよ。
同じ建物の二階には雑貨も売ってるカフェがありました。
コーヒーの良い香り。
また今度来てみたいな、と。
元はモダンなカフェだった!?骨董店「三角屋」
そしてこちらは週末&祝日だけオープンの骨董店三角屋さん。
Nさんおすすめの壁のタイル。
外装の青いタイルも素敵です。
Nさんの話ではこの三角屋さんのある場所はその昔(大正?昭和初期?)随分とモダンなカフェだったんだとか。
一体どんなカフェだったのかなぁと想像する楽しみができました。
追記:
後日、多治見市郷土資料室へ出向き当時のカフェの写真が残っていないかと調べてきました。結局写真は見つけられなかったのですが、こんなものを見せていただきました。
大正元年(1912年)12月のこの界隈の地図。資料館の方が当時の資料を見ながら一軒一軒地図に落とし込んでいかれたようです。
現在の地図と見比べて見ると確かに三角屋さんの場所には飲食店、屋号は「山佳」となっています。
多治見のモボモガたちが集う、洒落たカフェ。気になります。当時の写真、どこかにないんでしょうかね。
元は役所があった?器の店「やままつ」
明治時代からおりべストリートにて美濃地方原産の陶器、“美濃焼”の卸売を営んでおります。4代目の目利きで選んだ商品を集めた小売店も併設しており、10時から5時まで営業しております。
古い建物の「やままつ」さん。床のタイルがとても珍しいものなんだとか。
そしてこのタイルの隣の石もまた珍しい石だと聞きました。
昔はこのやままつさんの奥にある建物が役場として利用されていたそうです。
昔は全国から買い付けに来られた商人さん達とここで商談、そしてそのまま泊まっていかれたんだとか。この辺りに料亭や銭湯がある理由も納得。当時はどれほど賑わっていたんでしょうね。
追記:
はい、これも大正元年の地図を見ると見事に分かります!
現在のオリベストリートの通りは両側にぎっしりと陶器商、お風呂屋さん、その他商店が並んでいます。「旅舎」も何軒もあります。さらに一本中に入って今の銀座商店街、広小路商店街などのあたりにはありとあらゆる商店がひしめき合っていて(ブリキ屋、砂糖商、などなど)さぞ賑やかだったんだろうな、が想像できます。
ところがこの同じ地図の昭和35年版を見ると、オリベストリートから商店などが一気に消えてしまいます。これ、全て一般住宅となってしまったからだそう。この通りが隆盛を極めたのは昭和初期までだったようです。
昭和35年の地図
興味ある方、多治見市図書館4階の郷土資料室へ行くと地図やその他の写真などたくさん見せていただけますよ。
下街道の常夜灯
Nさんにオリベストリートの端にある常夜灯を案内してもらいました。
ここ、Nさん案内がなければ絶対気がつかなかった場所。
裏街道であった下街道の常夜灯。
可愛らしい植木鉢が。
歴史に思いを馳せるオリベストリート巡り、前半でした。