砂漠が誘う-人間国宝 加藤卓男の自伝を読む-

多治見市市之倉町にある幸兵衛窯の6代目 故 加藤卓男氏の自伝「砂漠が誘う ラスター彩遊記」を読みました。

砂漠が誘う 加藤卓男 ラスター彩遊記

改めて知る加藤卓男氏のこと。とっても興味深く読んだのでここで本の内容を紹介します。

ペルシャ陶器の魅力

1917年(大正6年) 5代目加藤幸兵衛の長男として生まれた卓男氏。

岐阜県は美濃の、陶芸を業とする家に生まれ育った私はなんとはなしにペルシャ陶器と、それを生んだペルシャ文化に魅せられるようになっていった。

というように、実際にイランを訪れるずっと前からペルシャへの理由のない憧れを抱いていたことが書かれていました。

いやぁ、私も博物館にいくとなぜか惹かれるペルシャ陶器。今ほど容易く情報が手に入る時代ではなかった当時、ペルシャ陶器の何が卓男氏の心を掴んだんでしょう。

サリー陶器 イラン 10世紀
愛知県陶磁美術館
青釉条線文鉢 (イラン 1-3世紀)
愛知県陶磁美術館
マドリード散歩 国立考古学博物館
マドリード 国立考古学博物館

三上次男 著「ペルシアの陶器」という本にこんなことが書いてありました。

色彩にもデザインにも不思議に若い生々とした力強さを感じる。ことにアッバス期のものは何のてらいもためらいもなく、自然を直視し自己をさらけだした美しさがある。しかも自然を、自己をみつめる眼は幼童のように澄んでにごりがない。これは往古にも近代にも通じる美の軸線であり、古代と現代を結ぶ太いパイプである。

名のある窯元に生まれた故にのしかかる様々なプレッシャーや美濃焼の伝統継承という定められた道への抵抗感、そんな色々が合わさってペルシア陶器に魅せられたのだろうか、と考えるのは少々安直かもしれませんが。。。

広島での被爆体験

卓男氏はこの自伝以外ではあまり触れてはいないようですが8年間軍隊に所属して戦争を体験されています。語りたくもない時代、とされていますが中国大陸で耐えた日々、軍医との出会いで免れた沖縄行き、その後広島での被爆体験。この時代を生き抜いた世代のもつ苦しみを卓男氏もどこかでずっと抱えられていたのでしょうか。被爆により白血病を患い入退院を繰り返した10年間の間考え続けたのはペルシャ陶器のことだった、と書かれていました。病にあったことでますますと憧れが募ったのかもしれません。

カイ・フランクと卓男氏

卓男氏は1961年、44歳の時にフィンランド政府の招聘によりフィンランド工芸美術学校に留学しています。

当時の陶芸科の教授はカイ・フランク。アラビア製陶所のデザイン部長も兼務していたカイ・フランクから直接指導を受けていたようです。

カイ・フランクと言えばiittalaの定番であるTeema(ティーマ)とグラスのKartio(カルティオ)をデザインしたことで有名。不変の人気を誇るフィンランドのデザイナーです。卓男氏は特にフィンランドデザインに興味があったということではないようでしたが、幸兵衛窯とカイ・フランク、こんなところで繋がっていたことがとても興味深いなと思ってしまいます。

kajfranck

はじめてのイラン、ラスター彩との出会い

卓男氏がフィンランドでは「心ここにあらず」だった理由。それは工芸学校の夏休みにイランに行くことが決まっていたからのようです。1961年の夏、憧れてきたイランの地を初めて踏み、イラン国立考古学博物館を訪れた卓男氏。そこで本物のラスター彩を目にし、この技法を継承する工人は皆無であると改めて聞かされたことで氏の心は「ラスター彩の再現をする!」と決まったようです。

ラスターとは英語で「つやのある」、「きらきらする」という意味であり、ラスター彩とは陶器の表面が金や真鍮あるいは磨いた銅のように金属的にきらめく性質のもの。ラスター彩の陶器を光に当てると角度によって赤・青・黄など様々ないろにきらめき、時には七彩の虹のような感じとなる。 三上次男著 「ペルシアの陶器」より

砂漠の発掘、ラスター彩再現

以後、卓男氏は何度となくイランを訪れ、発掘調査を繰り返しながらラスター彩の再現に向けて研究を続けられます。

砂漠が誘う 加藤卓男 ラスター彩遊記

砂漠の魔力に取り憑かれ、イランに通い続ける卓男氏。

日本にいても家業が手につかなかった。父は私のペルシャ行きにあまりいい顔をしなかった。家の仕事に不熱心で、「幸兵衛」を襲名もしない私に批判的だった。どんなに忙しい時でも、発掘の軍資金をせしめると、サッと砂漠に消える「すねかじり」は、いつも文句ばかり言われていた。

幸兵衛窯の資料館では当時の調査の様子を克明に記した卓男氏の調査日誌を見ることができます。びっしりと記された調査内容、そしてそこに描かれたスケッチからは氏がどれだけ熱心に調査を続けていたかが感じられます。

その後アメリカ人の陶磁研究者アッカーマン女史との出会いであり、ラスター彩再現への手がかりを掴み、さらには卓男氏オリジナルなラスター表現を突き詰められていきます。

正倉院三彩の復元

1980年、宮内庁の依頼で正倉院三彩の復元制作を依頼された卓男氏。

うれしさのあまり二つ返事で「やらせていただきます」と言ってしまった。これが飛んだ安請け合いで、なんと復元・完成まで十年以上かかってしまった。

釉薬を施したわが国最古の焼き物である正倉院三彩の復元は大変な苦労があったようで特に「製作当時の未熟で素朴なままのものを、その通りに復元する」ということが困難を極めたそうです。

卓男氏が復元したうちの一つ、正倉院宝物の「三彩鼓胴」、これがまたとんでもなく魅力的なものなのです。

華麗な唐三彩と比べて地味で質朴でありながら半面清楚な美しさも備えている

と書いている通り、何とも言えない魅力のある宝物です。これを読んでから正倉院宝物展、どうしても行ってみたくなりました。ちょうど10月28日から奈良国立博物館で第69回正倉院展開催です。時代、地域を超えて卓男氏が繋ぐ陶器の世界に本を読みながら大いに魅せられてしまいました。

第69回正倉院展

そして卓男氏は正倉院三彩復元の功績が認められ、1995年(卓男氏78歳)人間国宝に認定されました。


と、ざっとかいつまんで紹介した本の内容でした。

興味深いのは卓男氏が本格的にラスター彩再現に動き出したのは40歳も過ぎてからだということ。そう思うと何だか勇気をもらえたような、そんな気にもなってきました。

こちらの本は絶版のようでAmazonでも中古しか表示されませんでした。気になる方は多治見市図書館で借りられますのでぜひどうぞ。

幸兵衛窯古陶磁資料館でペルシア式喫茶イベント開催!

砂漠が誘う 加藤卓男 ラスター彩遊記

2005年87歳で亡くなられた卓男氏。その氏が生前、幸兵衛窯敷地内に作られたのがこの「古陶磁資料館」です。約200年前の古民家を福井県大野市より移築した建物の中には氏が約40年に渡って研究を続けたペルシア古陶磁資料を中心に千数百点が収蔵、展示されています。

卓男氏のセンスが結集された場所、と言っても良いこの場所。

何とこの素晴らしい場所を使って来月ペルシア式喫茶イベントを開催できることになりました。ペルシアのお茶菓子とペルシア式のお茶を頂きながら、ペルシア食文化について知ることができるイベントになる予定です。詳細については近日中に案内ができるかと思います。

ペルシア陶器好きにはたまらないイベントになると思いますのでお楽しみに!

幸兵衛窯 秋のいろどり市は今週末開催!

幸兵衛窯では10月7、8、9日に秋のいろどり市が開催されます。工房内蔵出し市でお得にお買い物ができ、飲食店も各種出店されるようです。秋の週末のお出かけにオススメです。

幸兵衛窯秋のいろどり市 2017

昨年の春の蔵出し市の様子はこちらをどうぞ